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四十九日法要



少し早いですが昨日、母の四十九日法要を終えました。

本当の四十九日は9月1日に亡くなったので10月19日かな。

あちらの世界ではお祝いごとのようです。
四十九日について http://touch.allabout.co.jp/gm/gc/71872/

写真を撮るのを忘れてしまいましたが母へのお料理は父が作りました。
娘達のお食い初めを思い出しました、懐かしいです。

母の四十九日はまだ先なので19日になるまで極楽浄土へ行けるように祈っておこう。

親戚のみんなたくさん集まってくれました。
母、良かったね。
本当にありがとうございました。

祖母以外で亡くなった人は母の前に父方の叔父が1人。
まだ50代でした。2番目は母でした。

親戚、多いんです。

父は4人兄弟の長男、母は3人兄弟の真ん中。
でそれぞれ結婚されていて叔父叔母14人。
それぞれ子供もいますので私の従姉妹は12人。
今では従姉妹の子供もですし親戚ほんと多いです。

叔父も叔母も従姉妹も本当にいい人達ばかりで。
優しくて明るくておもしろい人達ばかり。
母方の従姉妹達は私と同じボケボケぶり。笑
私のボケっぷりは血なんだなと会うとわかります。笑

子供の頃から親戚の家へ行のが好きでした。
賑やかで楽しくて心地よくて。

そんな気持ちは今でも変わりなくて。

それでも大人になり結婚をしたころから自然と私の親の親戚と会うことが
ほとんどなくなっていきました。

子供が産まれる頃には私の親、妹家族止まりになっていました。
旦那の親と私の親が仲良くて妹家族も含めてみんなで旅行へ行ったり
遊びに行ったりにすっかり変わって行きました。

いつからか自然と親の親戚に会うのは数年に1回になっていきました。

そんな中、母が病気になり、母の親戚の皆さんが病院にお見舞いに来てくれたり
家に遊びに来てくれたりしてまた会う機会が増えました。
そのたびとっても優しくて涙でそうになってり元気出て癒されていました。
身内って親戚ってやっぱりいいなってつくづく思いました。
帰ってしまうとそのたびホント淋しかったです。

父の親戚(父の兄弟)はある出来事からそれぞれ疎遠になってしまいました。
母が病気になったこと父話ししていませんでした。

母が亡くなったとき父、連絡するかどうしようか悩んでいました。
思い切って電話をし今までのことを話し亡くなったことを伝えると
皆さん「え!ーそうやったん!どうして言ってくれなかったん!」
と話されていたそうです。

父の親戚の方達とはお通夜、御葬式の時に凄くに久しぶりお話しをしました。
皆さん変わってなくて懐かしい気持ちで一杯になりました。

家で四十九日の法要を終え(おじゅすさんありがとう)
ご飯をいただきにいきました。
イメージ 1


ごちそうさまでした、美味しかったです。

隣の席になったのは父の親戚のは方。

彼女は父の弟(亡くなった)の奥さんで叔母。
この家族がすごい事をしでかし、皆んなバラバラになってしまいました。

あの頃はなんて人達(従姉妹は関係ない)なんだろうと思っていたけれど
今でもやっぱり思うし信じられないけれど
あれから十年以上という年月が経ちました。

彼女には母が亡くなったこと母のお通夜、お葬式のこと、
父ではなく親戚の方が声をかけてくれました。
来ないよね、と思っていたけれど来てくれました。

奥さんですし、もう十何年も会ってないですし
来ないでおこうと思ったらそれでも良かったと思うんです。
来るというの凄く勇気がいったと思います。
もうあの事はいいかな済んだことと思うようにしました。

いろんな思いがあったんだと思います。
酷いことをしてくれたなとは思うけれど、
そうなる原因があったようにも思います。

母のことでこうやってまた縁があったということは何か縁があるのかもしれない。
母が引き合わせてくれたのかもしれないと思ったりもします。

叔母は叔父と凄く仲が良くて叔父のことが大好きだったと話されていました。
どこへ行くのも2人で出かけられていたそうです。

叔父が早くに亡くなってしまって辛かった悲しかっただろうなと思いました。
子供達3人(私の従姉妹)はもう家を出てしまっていて
今は1人暮らしされてるみたいでこれまた淋しいだろうなと
話しを聞いていて思いました。

叔父が亡くなって3年間、鬱になったみたいで。

叔母は叔父さえいててくれたらそれで良かった。
いなくなった今、1人でどこかへ行くとか友達と遊ぶとかどこかへ行くのなら
家で1人でのんびりしている方がいいと話されてました。

ワンコがいるみたいで1匹と1人で働きながら暮らしているみたいで。
1週間にいちど代わる代わる娘が遊びに来てくれていて
それが嬉しいし楽しみみたいなこと話されてました。
息子くんの会社を手伝われているのも楽しそうで。

悲しみからの鬱をなんとか克服し
がんばって生きていてすごいなって思いました。
克服は克服しなければならない理由があったにしても凄いです。

今の仕事をやめ来年お店を始める予定と話されていて。
おふくろの味的な小さなお店を。
それが小さな頃からの夢だったそうです。

まだご両親健在で89歳と86歳。
親の介護があるからそれさえ大丈夫ならと話されてました。

彼女は62歳。本当すごいなと思います。
お店を開かれたら少し遠いけれどぜひ遊びに行こうと思いました。

叔母の生き方、好きだなと思いました。
母とよく似てます。
何が大切かよく分かられていて生き方がシンプルで。

母は商売とかという気質ではなかったですし母の方が精神的に強いですけど。
鬱にはならないタイプですし。

なんとここの娘ちゃん(従姉妹)がウクレレをしているみたいで
こんなことってあるのー!と驚いてしまいました。

彼女はハワイが好きで毎年ハワイに行ってるそうでおおおハワイー♪と思いました。

ウクレレにハワイ、話しが合いそうです♪
そんな従姉妹にかわいそうな出来事が…

婚約者がハワイでサーフィンの先生をしていた方だったそうです。
もちろんハワイの方。
日系なのか現地の方か白人さんかは分からないけれど。
ノースショアでと話されていたので
もしかしてジャックジョンソンの友達だった方だったりして…と思ったりしました。

彼は日本にご両親を連れて彼女の所に挨拶に来る朝に
心筋梗塞で亡くなられたそうです。
そんなことあるのって…もう悲しすぎです。
この事があり鬱なんかになってられないとがんばられたそうです。
母は強しです。

彼女なんとか立ち直りその後も毎年ハワイに行ってるそうです。

ハワイ好きでウクレレ好き。
ジェイクのこと絶対知ってるよね、ジャックのこともと思いました。
一度ゆっくり話ししたいなと思いました。

父方の親戚とはお店でおわかれしました。
また次いつ会えるか分からないけれどまた会えたらいいなと思いました。

別れ際の父も嬉しそうでした。近々また会おうな!ととても嬉しそうでした。
バラバラだった父の兄弟、親戚を母がまた会うようにまとめてくれました。
母から父へのプレゼントかなって思いました。

母方の親戚と家に戻りました。
子供の頃は父方の親戚とも仲よかったけれど
母方の親戚との方が仲良くてよく遊びに行ってました。

昔と変わらずワイワイとても楽しくて。
楽しい時間はあっという間に過ぎていってしまいました。

みんなが帰った後、淋しかったです。
いつもとても淋しくなります。

身内ってやっぱりいいなってつくづく思います。
母が亡くなってしまったから余計に思うのかもしれません。

この先1人減りまた1人減りで減っていくばかり。
これから失っていくばかりって年を取るって
ホント淋しい事だなって最近つくづく思います。

みんなが幸せなそうな顔を見るのが大好きです。
みんなが幸せで元気で少しでも長生きできますようにと心の底から思いました。

そのうち子供達も含めみんなこの世からいなくなります。
家族、親戚だけでなく私の知ってる人も知らない人も
みんなこの世からいなくなります。

一緒にいて楽しかったこと嬉しかったことが死ぬことによって0になって、
なかったことになり誰の記憶にも残りません。
なくなるなら生きるって命ってなんなのかなってやっぱり思ってしまいます。

命は受け継がれるとかはまた別の話で。

考えても答えが出なくて。
生きてる間みんなのこと大切にしていけたらなぁって思います。

長文になってしまいました…

相変わらず母がいなくなったダメージは大き過ぎて。
涙涙しながら生きています。四十九日でなんて無理です。