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母のこと


MRIの検査結果が出たので母の病院に付き添ってきました。

採血、検尿、診察、アバスチンでした。

MRIは3ヶ月にいちど。

前回よりひとまわり大きくなっていました。
前回は1.5センチだったのが2センチ。

ハッキリ告知する先生でも母は告知できないタイプと先生思われていて
母の前では軽く説明されてました。

術後、放射線治療、テモダールをしたけれど残っている腫瘍があった。
その時が再発。

3ヶ月前に新しい腫瘍が出来たのが再再発。

再再発してから3ヶ月でひとまわり大きくなってる。
これでこの先の進行状況がわかると思いました。
母の前では聞けないけれど、後で先生とお話しをしないとと思いました。

診察を終え、父、母といったん診察室を出たけれど、
先生の所に戻りました。

診察室へ行くまでに看護師さんに呼び止められました。
母がアバスチンをしている間に先生がお話ししたいことがあると。
やっぱりと思いました。

診察室に戻りました。

凄く悪くなってるわけではないけれど悪くなってる。

この病気は再発してから6ヶ月で亡くなる人が多い。
そんな中、母は凄くがんばっている。

アバスチン治療が効いている人の場合、
緩やかに下降していって最後にグッと悪くなる方が多い。
再再発から考えるとグッと悪くではないけれど緩やかでもない。
これからグッと悪くなるかもしれない。

今は右半身麻痺と言葉があまり話せないだけだけれど、
そのうち言葉の意味が分からなくなる、飲み込みが悪くなる、ご飯が食べられなくなる、ボーっとすることが多くなる。
最後は寝たきりになる。
寝たきりになってから長い人もいる。

いちど経験しているのでどうなって行くか分かります。
寝たきりにまではまだ大丈夫でしたけど。

言葉が話せない、分からないって、
言葉が通じない外国の方と話した時の感覚と同じ感じなのかな。

余命は年内ってことはないけれど、3、4ヶ月かもしれない。
そのうち意識があるのはいつまでなのか分からないと。

最後まで家でと思っていても、考えが変わりホスピスに入院と思っても、
急にホスピスに入院中することは出来ない。
入るには手続きと時間が必要なのも。

このようなお話しを聞くのは3回目です。
誤診の時と、2回目の手術の後と、今回。

覚悟はしていてもやっぱりショックです。

でも、母がんばって発病から丸2年半生きてきました。
これからだってどうなるか分かりません。

先生のお話しを頭に入れながら今を生きようと思います。

この、今を生きるという言葉、思い始めは先のことを考えて無理してました。
でも、だんだん無理がなくなってきました。
考えないようにする力が少しついたのかもしれません。

これから辛いこといろいろあると思うけれど、
母の最後が少しでもいい思い出として残ればいいなと思っています。