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尊厳死



脳腫瘍。尊厳死
彼女は薬を飲んだ。
この話は知っていた。

アメリカの若い女性が脳腫瘍になり
余命半年と告げられた。
彼女は尊厳死を選び、住んでる所では
認められていないので認められている所に引っ越しをした。
最後は、自宅のベッドで旦那様、お母様に見守られ
薬を飲んで死ぬことを望んでいた。

悪性の脳腫瘍の症状って本当過酷。
腫瘍が大きくなるたび生きていく機能がどんどん失われて行く。

運動能力、言葉、失明、出来る場所によっていろいろ。
顔つきが変わったり人格がガラッと変わったり頭痛がしたり。
最後は寝たきり昏睡、すーっと息を引き取ると説明があった。

どこまで生きてどこでやめるか自分で選べたらと思う。

でもそんな事は人それぞれの考えがあって。
与えられた命、最後まで生きなければならない。
と考える人もたくさんいると思う。

生き方はそれぞれ。
だから選べたらいいと思う。
命のことそんなに簡単にと思うけれど、
去年からいろいろ考えてそう思う。
どうやって最後をむかえるか自分で決めれたらどんなにいいか。

でもそれは自分の時であって、
自分の時じゃない時は生きていて欲しいと思うのはエゴなのかな。
いなくなるのは悲しくて寂しい。
でももし尊厳死を選んだという思いを聞いたなら
受け入れないといけないと思う。
そんな事があったら受け入れようと思う。
とても悲しくて寂しいけれど。

彼女も辛かっただろうけど旦那さんお母さん
周りの人達も辛かっただろうな。
仕方のないこといつか命は終わるものって分かってても。

しかし余命ってほんとわからない。
母は2013年6月におそらく余命は半年と教えてもらった。

誤診で11月頃転院し開頭手術を受け結果出た時(11月)も半年。

いろいろあったのもあるけれど病気が分かってから1年5ヶ月経つけれどまだ大丈夫。

テモダールが効かないと分かった時(2014年6月)にされた余命宣告は3ヶ月。
長くても年は越せないと告知された。
アバスチンが効いているのか3ヶ月は過ぎた。
今、年を越せるかどうか。

今の状態は言葉が出てこない、言葉が頭に浮かんでも声が出しにくい、
舌やくちびるが思うように動かない。だから違う言葉になる。
声も変わってしまった。
 
そのうち言葉そのものが分からなくなる。
聞いても分からない、分からないから話すことも出来ない。
顔つきも変わってきた。
混乱もしてきた。左右分からなかったりいろいろ。
そのうち人格も変わってしまうと思う。
右半身は相変わらず麻痺。右耳聞こえにくい。
ヘルペスになってしまい足が痛いみたい。
頭痛はマシになったみたいで良かった。

それでも今、楽しそうに笑ったり外に遊びに行きたいという気持ちがあったり。
みんなでご飯食べるのも楽しそう。

告知されてもまだ大丈夫がずっと続いているから
変な錯覚を起こしてしまう。
もしかしたらずっと大丈夫なんじゃないかって。
でも、そんなことはありえない。

告知された余命も当たったり当たらなかったりそれぞれだから
いつどの時点で死を決めるということは難しいと思う。
愛する人達がいなくてひとりで過ごしてるならすぐ覚悟決めれるけれど。
周りの状態いよるかな。
覚悟を決めても、もし誰かにそんな自分でも生きていて欲しいと言われたら考えないと。

混乱した状態になる前に決めないといけないから余計に難しいと思う。

彼女はそうなる前に決め実行した。
まだ楽しい時間を少しでも持てたと思う。
でも今の所、完治しない病気。悪くなるばかりで良くなることはない。

凄く勇気のいることだったと思う。
この世に未練がないわけないもの。
旦那さんと楽しく過ごしたり、
楽しい家庭を築きたかっただろうと思う。
それでも旦那さんのことを考えて結婚して子供産んでと願ってる。

彼女は最後まで一生懸命生きたと思う。
美化とかではなく本当にそう思った。
賛否両論あると思うけどそう思った。

脳腫瘍の場合の尊厳死のこと考えました。

最後に。
どうして動物には安楽死があって人には
尊厳死はないんだろう。
動物は人に意思を伝える事ができない。
そんな動物に人は安楽死を行うことができる。
それが人となると自分ですら決めることが出来ない。
アメリカとヨーロッパで認められている所あるみたいだけど。
逆ならまだ分かるけれど。
同じひとつの大切な命なのにどうしてと思う。